拝啓、日本語ラップ

拝啓、DJ KRUSH

「新しいことを追求しているのはKRUSHの影響が大きい」


King of Diggin
ことMUROはソロデビューした頃からそう公言してやまない。プロフィールにも記載してある通り、私はMUROの『三者凡退』にて日本語ラップにハマった。無知な人間がなにかにハマった場合、ハマったものを基に次に進んでいくことが多い。私もそのパターンで、MICROPHONE PAGERからKRUSHの『Mi-light』を購入した。しかし、私もクラブ仲間も「セールスやシーンにも浸透したとは言い難い理由がわかる。買わなければ良かった」なんて当時はあさはかな考えを口にしていた。

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拝啓、MURO

King of DigginMURO


リリックにて自身をKing、王様と表現するアーティストはいるが、周囲からKingと評されているアーティストは、こと日本においてはMURO以外に思いつかない。

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拝啓、スチャダラパー

スチャダラパー(以下:SDP)の位置づけというのは非常に難しい。以前、SDPFRONT(BLASTに雑誌名を変更後、休刊となったHipHop専門誌)の表紙を飾った時、違和感を覚えなかったが、今思えばあっても不思議ではない。

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拝啓、B-BOY PARK

「オラ東京さ行くだ」

一見ふざけた言葉だが、この言葉には東京への憧れが詰まっている。“さんぴんキャンプ”で日本語ラップにハマった世代にとって、『B-BOY PARK』という言葉は似たような思いがあるだろう。


■B-BOY PARKの歴史

先見の明があるCRAZY-Aが97年にスタートさせたB-BOY PARK。99年にはフリースタイルバトルが始まり、2000年にはその模様が全国区のTVでとりあげられた。HIP HOPにしかない即興の音楽での勝負はジャンル関係なく、音に没頭する若者を虜にし、このビデオは少なくとも私の周囲では出回っていた。

また、ブッダブランドなどの大御所アーティストによるライブは、“さんぴんキャンプ”以降、唯一スターたちが顔を揃える場所だった。そんな豪華ライブ、DJバトル、パネルディスカッション(トークショー)、ダンスバトルが行われる8月の代々木公園はB-BOYの聖地となっていた。 B-BOY PARKに出ればスター、アーティスト。そんな風潮も生まれていた。

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拝啓、ライムスター

ここまで変貌を遂げ、理解をえたアーティストは他に思いつかない。

97年。ライムスターは、さんぴんCAMPを経て火のついた日本語ラップシーンに、IT'S JUST BEGUNをサンプリングした『B-BOYイズム』をドロップする。当然のように、リスナー達の心をつかみ、「決して譲れないぜこの美学」というリリックは今も受け継がれている。

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